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狂気と信仰の間

先週は発熱で教会にも行けませんでしたが、
昨日は2週ぶりの礼拝に出席出来ました。
メッセージはルカ9章。
イエスが5つのパンと2匹の魚から、5000人(男だけでも)以上の
人々が満腹になっても余る程の食事を提供したという場面でした。

聖書には、イエスの奇跡の話がたくさん出てきます。
水をワインに変えたり、盲人の目を開いたり、病人を癒やしたり、
究極死人も生き返らせます。
この話もそういう奇跡の一つです。

キリスト教には興味があったけども信仰となると・・・
と躊躇していた25年間があるのですが、
そのつまづきの大きな理由にこの「奇跡」があります。
そんなこと、あるわけないじゃん!と思っていました。
クリスチャンの中にも、奇跡は「比喩」だとする立場や、
その他の解釈で、現実に起きたことではないと信じる人もいるようです。

天地創造を始め、このような摩訶不思議な話を信じるか否か、
これは信者と非信者を大きく分ける壁になっているようにも感じます。

私は、聖書についても神学についても全く詳しくありません。
ただ、一信者として奇跡を素直に「受け入れている」1人です。
世界を創造した神が、病を癒やすことなどなんということはないはず。
神様を崇めるようになるため、様々な奇跡を起こしてみせた、
ということは、それほど驚くことではないとも思います。

では、自分に引きつけてそのように考えられるか?
というと、やはりそこには大きな壁があるわけです。
私の病気は、現代医学の知識で考える限り、治るはずがないのです。
ただ、奇跡を信じることが出来るなら、神には治せるはずなわけです。
じゃあ、自分の病を神様が本当に治してくれると信じているか?
となると・・・これを「信じる」と言えば常識的には狂気に近い
と判断されると思います。
私も、どこかで「治らないんだろうなぁ」と思ってはいるんです。
ただ、私は信仰者として「病を治す力をも有する神」を信じ、
その子イエスを自分の主と崇め続けているわけです。

神は奇跡を起こせない、と考える不信仰もあり、
奇跡を起こせる神が自分を助けないのはおかしい、という
思う不信仰もあります。

奇跡も信じ、自分も助けてもらえると信じて祈ることは、
もちろん信仰として正しいと思います。
私は、というと・・・
奇跡を信じ、自分も助けてほしいと祈りますが、
その「助け」が病気を治すことなのかどうかは分からないのです。
自分では、病気が治ることが「助け」なのだと思っていても、
それはやっぱり分からない。
私が神の力で病を治してもらったら、「自分は特別なんだ」と
勘違いして、逆に不信仰な者になるかもしれません。

信仰は、現実社会の常識に照らせば狂気に近いのかもしれません。
その線引は非常に難しいと思います。

私自身は自分の現実と狂気の間を行ったり来たりしている。
中途半場な場所でじっとしているのではなく、
正に行ったり来たりしています。
「ああ、神は自分を本当に助けて下さる」と確信をもつこともあり、
逆に「この症状から考えると長くないのかも」と思うこともあります。

身体をもつ限り、この行ったり来たりはきっと続くのでしょう。
本当に委ねきることが出来るようになったら、
この身体に対しても、この現実での生命にも、
もしかしたら執着がなくなるのかもしれません。
まだまだです。
まだまだ、この矛盾に満ちた生を生きていたいと思います。
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プロフィール

yuikomachi

Author:yuikomachi
乳がんステージⅣ。
低用量抗癌剤治療を受けています。
病歴については8回シリーズのブログ(第一回はこちらをご覧ください。
6歳男児あり。

元ナース、CROの経験を生かして、在宅でメディカル翻訳しています。

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